No.22 オスマン侵攻と第2次ハンガリー侵略戦争(1521-25年)
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*オスマン侵攻と第2次ハンガリー侵略戦争(1521-25年) [#wbc...
#contents
**オスマン帝国の方針転換 [#oe6b90bd]
1521年秋、ヨーロッパ世界には俄かにきな臭さが漂い始めてい...
オスマン帝国パディシャー(皇帝)オスマン2世は好戦的な性格...
あくまでその対象は、同じアラブ諸国であった。
しかしこの秋、オーストリアとポルトガルに対しオスマン帝国...
オーストリアはオスマン帝国と直接領土を接する西の大国であ...
ポルトガルは神聖ローマ帝国皇帝国である。
この2国に対し警告を発したということは、領土拡大路線をヨー...
意思表示にほかならなかった。
そして、ここヴェネツィアでは・・・
「ドージェ、報告でございます。フリウリにて9,000人規模の暴...
10月4日の早朝、第73代ドージェ(元首)ベルトゥッチ・コンタ...
急使からの知らせで叩き起こされた。
「フリウリ征服戦争終結から約50年((≪作者注釈1:フリウリ・...
「いえ、さらに問題なのは暴動を炊きつけた者です。」
「炊きつけた?」
「さきほどオスマンの密偵を捕らえました。」
「!」
そこへ緊急招集を受け元首公邸へ駆けつけた智謀家ジョゼッペ...
「メンモ、オスマン帝国は我が国への侵攻も視野に入れている...
「その可能性もゼロとは言えませんが、別の意図も考えられま...
「例えば?」
「北部のフリウリに鎮圧部隊を引きつけておき、南部の軍事力...
そうすることで、オーストリアに侵攻する際に背後を我が国に...
「・・・近いうちに、大戦が起こる可能性あり、か。」
「メンモ。」
ベルトゥッチ・コンタリーニ・コロンナは、しばし沈黙した後...
「命令を3つ出す。フリウリに陸軍10,000人を急行させ、直ちに...
第1艦隊の警戒レベルを上げ、ゼタ-クレタ間の哨戒頻度を上げ...
そして、共和国南部から北部へ陸軍を全軍移動させろ。」
「・・・オスマン帝国が本気になれば、南部防衛はできぬと。」
「そうだ。だが、北部が防衛できればたとえ攻められても負け...
北部侵攻までの防波堤にはオーストリアに担ってもらい、我が...
共和国軍が北部へ去った同年12月9日、オスマン帝国はアッラー...
ジハードを開始した。
「オスマン帝国 vs .オーストリア・ポルトガル連合」となるこ...
イスラム教徒対キリスト教徒の本格的な宗教戦争の始まりでも...
ヴェネツィア共和国政府は、当分この戦いを様子見することに...
**第2次ハンガリー侵略戦争 [#w6dee61c]
1524年初頭、ベルトゥッチ・コンタリーニ・コロンナは苦々し...
元首執務室の地図を眺めていた。
オスマン帝国はその動員数を背景にオーストリアを圧倒した。
南部から侵攻した部隊はクロアチアまで、北部から侵攻した部...
既にオーストリアは北部防衛の防波堤とはなり得なくなってい...
おまけに、ゲルン、イストリアといった共和国領内をオスマン...
我がもの顔で通行していたが、それを止める力はヴェネツィア...
そして、周辺地域の治安悪化を受け、ヴェネツィアの庭とも言...
海賊が横行しはじめていた。
&color(olive,white){''【1524年1月の状況】''};
#ref(./152401_海賊.JPG,70%)
「ここまでくると助言を遂行するのも良いかもしれませんな。」
ベルトゥッチ・コンタリーニ・コロンナは、つい先ほどまで部...
会話を思い出していた。
「助言?」
「『ポー平原を北上し、ブレシアを支配せよ。』
50年前、フリウリ征服戦争に勝利したヴィターレ・スガイナ・...
あまりの実現性の低さに隠匿してしまった助言((≪作者注釈2:...
「そのことならよく知っているが、オーストリアに戦を仕掛け...
「いえ、単純に仕掛ければオスマン帝国から警告を受けている...
ここは我が同盟国に宣戦布告をさせるのがよいかと。」
「ハンガリーか。」
「はい。」
「考えておこう。」
ベルトゥッチは再び地図に目を向けた。
(大国同士の戦いでオスマン帝国が弱体化すれば、温存した兵...
分散した領土をつなげることができる、と思っていたが、ここ...
ベルトゥッチは、ロヴィーゴを執務室に呼んだ。
「先ほどの話、秘密裏に進めよ。」
1524年2月23日、ハンガリーはオーストリアに対し宣戦布告した。
世に言う第2次ハンガリー侵略戦争である。
ヴェネツィアはすぐさま同盟国としてハンガリー側につくとブ...
同年6月13日にブレシアを陥落させた。
だが、これだけではブレシアを割譲させるほどの戦勝点にはほ...
共和国軍はトレントとシュヴィーツの攻囲を始めたが、腰抜け...
オーストリアと講和を結んでしまった。
「領土を拡大できる絶好のチャンスに何もできぬとは。
やはり戦争の主導権を握れる国力をつけねばならぬ。」
共和国政府が地団駄を踏んだのは言うまでもない。
1525年1月4日、オーストリアはオスマンと和睦した。
その内容は、オーストリアがボスニア、ダルマチア、ラグーザ...
ケルンテン、シュタイアーマルク、リンツ、およびショプロン...
という厳しいものであった。
それは同時に、北部ヴェネツィアがオスマン帝国領と国境を接...
ということを意味していた。
ヴェネツィア領が南北に分断されていることによる国防上のメ...
東からの脅威に対し、「数で勝てぬなら技術力で対抗する」と...
これ以降、陸軍技術の開発とそれを支えるための費用捻出が
ヴェネツィアにとっての最優先事項となっていくのである。
----
&size(15){次話「[[No.23 冷徹な改革者(1530-34年)]]」につ...
&size(15){前話「[[No.21 大航海時代(後編)(1515-34年)]]...
&size(15){タイトル「[[アドリア海の女王]]」にもどる};
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**オスマン帝国の方針転換 [#oe6b90bd]
1521年秋、ヨーロッパ世界には俄かにきな臭さが漂い始めてい...
オスマン帝国パディシャー(皇帝)オスマン2世は好戦的な性格...
あくまでその対象は、同じアラブ諸国であった。
しかしこの秋、オーストリアとポルトガルに対しオスマン帝国...
オーストリアはオスマン帝国と直接領土を接する西の大国であ...
ポルトガルは神聖ローマ帝国皇帝国である。
この2国に対し警告を発したということは、領土拡大路線をヨー...
意思表示にほかならなかった。
そして、ここヴェネツィアでは・・・
「ドージェ、報告でございます。フリウリにて9,000人規模の暴...
10月4日の早朝、第73代ドージェ(元首)ベルトゥッチ・コンタ...
急使からの知らせで叩き起こされた。
「フリウリ征服戦争終結から約50年((≪作者注釈1:フリウリ・...
「いえ、さらに問題なのは暴動を炊きつけた者です。」
「炊きつけた?」
「さきほどオスマンの密偵を捕らえました。」
「!」
そこへ緊急招集を受け元首公邸へ駆けつけた智謀家ジョゼッペ...
「メンモ、オスマン帝国は我が国への侵攻も視野に入れている...
「その可能性もゼロとは言えませんが、別の意図も考えられま...
「例えば?」
「北部のフリウリに鎮圧部隊を引きつけておき、南部の軍事力...
そうすることで、オーストリアに侵攻する際に背後を我が国に...
「・・・近いうちに、大戦が起こる可能性あり、か。」
「メンモ。」
ベルトゥッチ・コンタリーニ・コロンナは、しばし沈黙した後...
「命令を3つ出す。フリウリに陸軍10,000人を急行させ、直ちに...
第1艦隊の警戒レベルを上げ、ゼタ-クレタ間の哨戒頻度を上げ...
そして、共和国南部から北部へ陸軍を全軍移動させろ。」
「・・・オスマン帝国が本気になれば、南部防衛はできぬと。」
「そうだ。だが、北部が防衛できればたとえ攻められても負け...
北部侵攻までの防波堤にはオーストリアに担ってもらい、我が...
共和国軍が北部へ去った同年12月9日、オスマン帝国はアッラー...
ジハードを開始した。
「オスマン帝国 vs .オーストリア・ポルトガル連合」となるこ...
イスラム教徒対キリスト教徒の本格的な宗教戦争の始まりでも...
ヴェネツィア共和国政府は、当分この戦いを様子見することに...
**第2次ハンガリー侵略戦争 [#w6dee61c]
1524年初頭、ベルトゥッチ・コンタリーニ・コロンナは苦々し...
元首執務室の地図を眺めていた。
オスマン帝国はその動員数を背景にオーストリアを圧倒した。
南部から侵攻した部隊はクロアチアまで、北部から侵攻した部...
既にオーストリアは北部防衛の防波堤とはなり得なくなってい...
おまけに、ゲルン、イストリアといった共和国領内をオスマン...
我がもの顔で通行していたが、それを止める力はヴェネツィア...
そして、周辺地域の治安悪化を受け、ヴェネツィアの庭とも言...
海賊が横行しはじめていた。
&color(olive,white){''【1524年1月の状況】''};
#ref(./152401_海賊.JPG,70%)
「ここまでくると助言を遂行するのも良いかもしれませんな。」
ベルトゥッチ・コンタリーニ・コロンナは、つい先ほどまで部...
会話を思い出していた。
「助言?」
「『ポー平原を北上し、ブレシアを支配せよ。』
50年前、フリウリ征服戦争に勝利したヴィターレ・スガイナ・...
あまりの実現性の低さに隠匿してしまった助言((≪作者注釈2:...
「そのことならよく知っているが、オーストリアに戦を仕掛け...
「いえ、単純に仕掛ければオスマン帝国から警告を受けている...
ここは我が同盟国に宣戦布告をさせるのがよいかと。」
「ハンガリーか。」
「はい。」
「考えておこう。」
ベルトゥッチは再び地図に目を向けた。
(大国同士の戦いでオスマン帝国が弱体化すれば、温存した兵...
分散した領土をつなげることができる、と思っていたが、ここ...
ベルトゥッチは、ロヴィーゴを執務室に呼んだ。
「先ほどの話、秘密裏に進めよ。」
1524年2月23日、ハンガリーはオーストリアに対し宣戦布告した。
世に言う第2次ハンガリー侵略戦争である。
ヴェネツィアはすぐさま同盟国としてハンガリー側につくとブ...
同年6月13日にブレシアを陥落させた。
だが、これだけではブレシアを割譲させるほどの戦勝点にはほ...
共和国軍はトレントとシュヴィーツの攻囲を始めたが、腰抜け...
オーストリアと講和を結んでしまった。
「領土を拡大できる絶好のチャンスに何もできぬとは。
やはり戦争の主導権を握れる国力をつけねばならぬ。」
共和国政府が地団駄を踏んだのは言うまでもない。
1525年1月4日、オーストリアはオスマンと和睦した。
その内容は、オーストリアがボスニア、ダルマチア、ラグーザ...
ケルンテン、シュタイアーマルク、リンツ、およびショプロン...
という厳しいものであった。
それは同時に、北部ヴェネツィアがオスマン帝国領と国境を接...
ということを意味していた。
ヴェネツィア領が南北に分断されていることによる国防上のメ...
東からの脅威に対し、「数で勝てぬなら技術力で対抗する」と...
これ以降、陸軍技術の開発とそれを支えるための費用捻出が
ヴェネツィアにとっての最優先事項となっていくのである。
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&size(15){次話「[[No.23 冷徹な改革者(1530-34年)]]」につ...
&size(15){前話「[[No.21 大航海時代(後編)(1515-34年)]]...
&size(15){タイトル「[[アドリア海の女王]]」にもどる};
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