テッラ・フェルマ-動かぬ地(1446年6月6日-7日)†

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現在進行中のミッション†

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祝辞†

1446年6月6日、ヴェネツィアは街全体が喜びにあふれていた。 前日の6月5日にミラノとの講和条約が成立し、 50年来の悲願であったヴェローナを獲得することができたからだ。

元首公邸であるドゥカーレ宮殿は、翌日の戦勝記念パレードの準備で 大わらわであった。 また、国内の有力貴族や各国の外交官がひっきりなしに祝辞を述べに 訪れるので、来訪者への対応にも大忙しであった。

「ドージェ、サンマルコ寺院のセバスティアノ・サン・パウロ司教が お祝いにこられました。」 「おお、お通ししなさい。」 第67代ヴェネツィア共和国ドージェ(元首)アゴスティノ・コンタリーニ アルドブランディーニは 近習に言った。

パウロ司教は緊張した顔つきで部屋に入ってきた。 「ドージェ、このたびの戦勝、誠におめでとうございます。」 「ありがとうございます。ヴェニエル時代からの悲願のヴェローナ攻略が、 やっと達成できました。確か司教はあの時期の顧問でしたかな。」 「そのことでございます。ドージェ、お人払いを願えますか。」

(今日のような忙しい日に・・・) と思いながらも、アルドブランディーニはいつもと違う雰囲気の司教に何かを感じ、 近習に下がるように命じた。

「おお、まさか生きているうちにもう一度預言を伝えることになろうとは・・・」 「預言?」 (旧約聖書の時代じゃあるまいし、ついに司教もぼけたか?) アルドブランディーニは困惑した。

「サンマルコ寺院の役割は時の元首に預言をお教えすることにあるのです。 ヴェローナ攻略についてもしかり。ドージェ就任時に「助言」を引継ぎませんでしたか。 あれは昔寺院におりた預言でして、私がヴェニエル様にお伝えしたものです。」

(『助言』を守れ、とはそういう事情が・・・) 納得するアルドブランディーニにパウロは言った。 「そしていま新たな預言がもたらされました。」

【新たな預言】

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「フリウリが隣国アクイレイアの首都だということを知らないわけではないでしょう。 アクイレイアを攻め滅ぼせとでも・・・」 「我らは神の声を伝えるのみ。『舵取り』はドージェの領分であり教会の領分ではありません。 ただ、ヴェローナ攻略のミッションが、1399年10月の十人委員会で採択された理由はなんだったのか。 歴史に学んでみるのも『舵取り』をする上で重要でしょう。」 「当時はオーストリア、ミラノ、アクイレイアとのバランスでしたが、 今日は北方のオーストリア、東方のオスマン帝国と神経を使うべき相手の規模が格段に上がった、と。 防衛力を少しでも上げるためには・・・ 司教、本日は良き『助言』を有難うございました。」 「いえいえ、預言をお教えするのは我らの重要な役目でございます。」

司教が帰った後、アルドブランディーニはスピーチライターを呼び、 戦勝演説の原稿を書き直すよう命じた。

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戦勝演説†

翌日、サンマルコ広場にてドージェ戦勝演説が始まった。

「ヴェネツィア市民のみなさん、6月5日は歴史的な日となりました。 第62代ドージェ アントニオ・ヴェニエル以来の悲願であったヴェローナを我が国に編入することが できたのです。」

聴衆から大きな拍手が起きた。

「その意義はなにか。ここヴェネツィア本島では農作物を育てようにも土地はなく、 大規模な工業を行うにも手狭です。 だからこそ、全てのものを外部から購入すること、購入したものを他の土地へ転売すること、 すなわち交易に生きるしか道がありませんでした。 こうして皆さんと皆さんの祖先が交易事業にたゆまぬ努力を続けてきた結果、 今日のヴェネツィアの商業都市としての地位が確立されてきたのです。」

聴衆からさらに大きな拍手が起きた。

「だがヴェネツィア本島の地理的状況を考えますと、 今日の繁栄も、ラグーナや商売と同様浮き沈みがあり得るものであることを 認識しなければならない。 我が国の基盤を安定的なものにするには、ヴェネツィア本島のような「動く」土地ではなく、 テッラ・フェルマ(動かぬ地)を、すなわち「本土」領を有することで、 北の諸国への陸路での通商基盤と我が国の生産基盤を確立することが 重要であると考えます。 ヴェローナの意義は、テッラ・フェルマにあるのです。」

「しかし、新しく編入された土地を差別的に扱っては、我らはアラブの部族制国家と同じであります。 イタリア人には古くローマの時代よりそのような伝統はありません。 新たな地域の住民にはヴェネツィア国民と同等の権利を与え、 早めに本当の意味での動かぬ地、テッラ・フェルマにしなくてはなりません。 そのために、私は次の政策を提案したい。

第一に、ヴェローナに10,000人の常駐軍を配備し、最低暴動発生確率を下げるとともに 暴動が起こった場合の対処も素早く行えるようにし、安定化を図ります。

第二に、4年後にゼタからトレヴィザーノに『国の焦点』を移し、 ヴェネツィア本島にもヴェローナにも様々な恩恵を受けられるようにします。 特にヴェローナは、『土地改革の実施』*1もあわせて行います。 また、『国の焦点』の影響により、最低暴動発生確率が一段と下がる*2という恩恵を受けるでしょう。

第三に、ヴェローナから得た賠償金をもとに『フィレンツェ派』を支援し、 新たに『ヴェネツィア派』*3の潮流を作り、我が国の文化と威信の向上に努めます。」

【「ヴェネツィア派」と読む】

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「さて、皆さん、テッラ・フェルマの恩恵はヴェローナだけに留めておくべきでしょうか。 5世紀にゲルマン民族の襲撃から逃れ、我が祖先は現在アクイレイアと呼ばれる地域から ヴェネツィアへやってきました。 ならば、当然先祖の住んでいた土地は我らのテッラ・フェルマであるべきです。

私は、本日開催される「十人委員会」に我が国の長期的なミッションとして 【フリウリ制圧】を提案いたします。 テッラ・フェルマによって我が国のさらなる発展と安定の基盤を作ろうではありませんか。」

聴衆は歓喜をもってこの演説を支持し、「十人委員会」は【フリウリ制圧】を了承した。 驚いたのはアクイレイアであり、同国では【ヴェネツィアに対する防衛】 がミッションとなった。

ヴェネツィア史におけるテッラ・フェルマ(本土)政策が本格的に意識されるようになったのは、 このときからだと言われている。 そのため、後世の歴史家からは、アルドブランディーニの戦勝演説は 「テッラ・フェルマ演説」と呼ばれるようになる。

 


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*1 ≪作者注釈1:土地改革の実施≫National Focus関連の政策。役人2人の消費で「生産効率+0.10」「税収効率+0.10」「人的資源+0.10」の効果がある。
*2 ≪作者注釈2:国の焦点と最低暴動発生確率≫「国の焦点」自体の効果に暴動発生確率の低下があるが、この効果は最低暴動発生確率にも及ぶので、上手く使えば、非中核プロヴィンス獲得時に25年も待たずに暴動が発生しなくなりました。
*3 ≪作者注釈3:フィレンツェ派もといヴェネツィア派≫文化関連の政策。1500年以前に、「ラテングループ」「国威25以上」の場合に、「役人3人」「外交官1人」「年収の40%以上の金銭」消費により、一定期間の間「文化+0.02/年」「国威+0.02/年」「悪名(=評判)-0.01/年」の効果がある。フィレンツェ派とヴェネツィア派は画風が違うらしいので、仮想世界でもヴェネツィア派としてみました。

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