(承前)
この人生では合計8プロヴィンスを獲得した。下記世界地図world1548をご確認ください。
また、この時代は本格的な外征がはじまった時期でもある。最初の生贄はあの国だ。
わが国の探検家が海上から偵察した結果、マヤがメキシコを広く領有していることが判明した。アステカはマヤの東北に隣接しており、マヤとアステカの双方が金鉱のあるプロヴィンスを保有している。彼らはかつて激しく戦ったようだが、レベル1要塞すら持たない彼らの戦争は、プロヴィンスの頻繁な奪い合いという形をとっただろう。 そういった戦争で住民に襲い掛かる苦難は筆舌に尽くしがたい。 人道に基づいて、介入すべきだろうか? ・・・・・・エルナン・コルテスの代理を務め、原住民同士のこうした惨事を食い止めるのって、ひょっとして我々の務めではないか?
史実ではコンキスタドールがアステカを征服した後、1世紀足らずで1100万を数えたアステカの住民が1/10以下に減少したという。 この世界では新大陸一番乗り競争はヨーロッパ勢よりも我々が先んじたが、いずれにせよ彼らは来る。そのとき、旧大陸の疫病と社会の崩壊が新大陸の原住民の9割を消失させるだろう。
一方、古来から和を以って尊しとしてきた日本人による「征服」ならば、ヨーロッパ人のごとく積極的に原住民のインフラを破壊したり、徹底的に改宗を迫り先住民族の文化を根絶やしにすることはあるまい。史実明治維新後の北海道開拓においてアイヌ民族はおおむね平和裏に取り込まれた(ロシアではアイヌ民族は既に絶滅した民族集団とされている)。遡って弥生時代の日本でも、渡来民と縄文人が一部では争いつつも混血してのちの日本人を形成したわけだし、融和の実績は歴史的に十分ではないか。 我々がやるのは征服というよりは、そう、開放だ。未開状態からの開放なのである。
はい、自己合理化が済んだところで、陸軍維持費を最大に上げる。予めハワイに集結していた総勢2万の軍勢をコグ船がピストン輸送開始。 征服者を先頭に日本軍第一陣が新大陸の地を踏んだ。
血みどろの戦いとなった日本による侵……解放戦争がはじまった。 マヤにペナルティなしで宣戦布告したらアステカも我が国と戦争状態に。両国は同盟していた様子。 ……あれ、原住民なりに平和に暮らしてたのかな? まあいい、もう戻れないし知らなかったことにしようか。 というわけで解放戦争続行である。
戦争中は、ユニットに征服者がいなくても未発見のプロヴィンスに進軍できる。兵力7000程度の3個軍団が霧に包まれたマヤ領を進軍する。 我が軍が最初に突入した太平洋岸のタラスコにて、マヤのユムカーズ・バラム1世率いる1万あまりの敵軍と接触した。黒曜石の穂先を煌かしたインディオ槍兵を、伝統の冷兵器で武装したサムライたちが「鉄器文明なめるなゴルァ!」と圧倒する。敗北した敵軍は、背走しつつも日本軍が占領済みの要塞のないプロヴィンスに逃げ込んで日本軍を背後から脅かした。うっとうしい。急遽6個連隊を編成して日本本土から新大陸に送り出す。
やがて戦争の勝敗を決定づけた「ミシュテカの戦い」が勃発。アステカのモクテスマ1世率いる7000の軍と5000の日本軍が戦い日本が圧勝した。 日本本土から新兵たちが到着した頃には、マヤ・アステカ連合軍は壊滅し、日本は多額の賠償金と守りきれないほど広大な征服地を得た。
さて、金額は忘れたけど推定数百ダカットの賠償金を搾り取れたし、その金で全征服プロヴィンスにレベル1要塞建設を指示した。 とりあえず民心に寄り添う寛大な国家元首である私としては、被征服民にあまり細かい指示は出したくないのだが、人身御供の儀式は是非とも廃止の方向でお願いしたい。 民心は正しくないこともある。その場合、リーダーシップが抵抗すべきなのである。 あえて言おう。 「生贄を捧げちゃダメ、絶対!」 ガンディーも、「文明とは慎重かつ果敢に欲望を削減すること」と400年後くらいに言ってるし。インディオ諸君も野蛮な風習を捨てて早く文明人になってね!
その後の30年間は戦争の連続だった。
第2次マヤ征服戦争で再び多額の賠償金を獲得。
チェロキー征服戦争では2781人の日本軍が15350人のチェロキー軍に勝利した。
その後、陸伝いに征服者が北アメリカ大陸を縦断し、ヒューロンを発見。
ヒューロン征服戦争。1552年、大西洋岸のプロヴィンス、マスコギーを獲得。
第2次アステカ征服。賠償金を獲得。
インカ征服戦争。賠償金を獲得。
1580年の北アメリカ宗教マップ。国教とプロヴィンスの宗教の乖離は見ての通り。インディオの信仰体系ならば、日本の神道に残存するシャーマニズム的な要素との親和性も高そうだ。神道と仏教が共存できたように、うまく共存して暮らせると思うのだが、そんな個別の配慮は当然ながら一切ない。 国教である神道に改宗できればプロヴィンスの文化も日本になるし反乱リスクも解消する。宣教師が切実に欲しいところだ。
新大陸の流す血と富に酔いしれた時代。新大陸から流れ込む富が膨張した軍隊を養い、植民地拡大の原資となった。今や新大陸から手を引くことはできなかった。 ある道を選ぶということは、選ばなかったものを捨てるということ。つまりは歴史の選択肢を選び取って、一方の可能性を切り捨てることとも言える。 史実の鎖国日本とは遥かにかけ離れた探検と征服の歴史を通じて、この異世界の日本文明に新たなアイデンティティが刻まれていく。 アイデンティティとは、世界との関わりの中で身につける、自分の役割と価値についての確信だ。 海外進出して1世紀半。 日本人がその胸に抱く自画像の上への深刻な変容の到来を予感しつつ、五度目の人生が終了した。
摂政評議会の指導のもと、帝国が設けられました。
山城に大学建設。
民兵法可決。
学校設立法可決。
輸入法可決。
護送船団方式の確立。
未だ北米大陸に植民地は建設できない。入植者の群れはオーストラリアとシベリアに向かい、次々と植民地が建設された。 また、日本-ハワイ-メキシコ航路とオーストラリア-メキシコ航路が確立した。貿易風を利用して日本版ガレオン貿易が盛んに行われているに違いない。
カスティーリャはスペインに変体。1559年、スペインがトリニダードを獲得。新大陸に進出しはじめた。オスマン・トルコが躍進し地中海の覇権を争っている。イングランドはブリテン島を統一した一方、ヨーロッパ大陸の領土を失っている。史実同様、そろそろ海外進出してくるかもしれない。
既に歴史は大きく変化していた。だがまだ終われない。潜在的な人口扶養能力と発展可能性の面で世界最大の大陸――北アメリカ大陸に植民地を建設しなければならない。
私は世界地図を閉じ、侍従に御簾を上げさせた。見慣れた玉砂利と池の庭園の彼方に梵鐘がたたずみ、皇宮警護本部の物見塔が控え目に木々の間からのぞいていた。 6年後にはハワイが中核州に入る。あの大陸にもこの庭園のような光景が拡大再生産されるまで、あと少し。 日本を普遍化するための戦いも佳境に入りつつある。 私の老いた体に高揚が満ちていた。映画『2001年宇宙の旅』冒頭で流れる、あの有名なシュトラウスの交響曲のメロディーがしきりに思い出された。 翌日、六度目の人生が終了した。