言い訳 「ティムールは短命な大規模遊牧国家の中でヒロイン的存在」 誰かがこんな事を言っていたので。
各種テキスト整形や対話形式AARの練習を目的とした実験作となっております。あらかじめご了承ください。
「突然だけどこのコーナーは」
「ムガル帝国の建国者、バーブルと」
「ティムール朝の大アミール、ティムたんでお送りするよ☆」
キラリとウィンクするティムールを尻目に、バーブルはごそごそとカンペを漁りだした。
「このコーナーの目的は、肥大化したAAR本文を再構成し―― 」
まるでどこぞの校長のように、バーブルは退屈な文章を朗々と読み上げていくが、それは唐突に遮られる。
「それでバー君、私たちは何をすればいいのかなぁ?」
(今説明してたじゃないか)
ティムールの空気を読まない質問に内心イラッとしながらも、バーブルはにこやかに対応した。
「……コホン。要するに、君の征服事業を解説すればいいみたいだね」
「征服!? 今度はどこを征服するの? 明、インド、それともローマかなあ?」
その単語にティムールの目の色が変わる。雷に打たれたかのような反応だ。
「いや、今回は世界征服のようだね。難事業だけど、やれるかい?」
バーブルが心配そうに問いかけるも、ティムールは返事をしない。
きらきらと目を輝かせ、『征服、せいふく、せいふくぅ~♪』と、調子外れに歌っている。
「あー、大丈夫そうだね」
バーブルは諦観に満ちた表情でカメラに向き直ると、何事もなかったかのようにコーナーを再開した。
「では、早速プレイ画面を見てみようか」
言うが早いか、バーブルはさっとパネルを取り出した。
「これがティムールの国土だよ。中央アジア一帯を支配する巨大な国だ。兵力は8万ちょっとで……見るまでもなく世界一だね」
「ふえ~、すごいんだね~」
「まあ、内情はボロボロなんだけどね。さて、もっとすごいのは外交状況だ」
「緑色のはティムールで~、赤いのは?」
「ティムールに仇なす敵国さ。全部で11カ国あるよ」
「つまり、全部ぶっ潰しちゃえばいいんだね」
「……いや、まあ、うん……そうなんだけど」
身も蓋もない発言と共に、一切迷いのない無垢な瞳で見つめられ、バーブルがたじろいだ隙に
「よ~し、ティムたんの征服行、はっじまっるよ~」
スキップで何処かへ向かおうとするティムールを、バーブルは羽交い締めにして引き留めた。
「ノリノリの所悪いけど、ちょっと待って欲しいんだ」
「わわっ、どうしたのバー君?」
「君はもしかして、全ての敵を同時に相手するつもりかい?」
「うん! だめ……かな?」
顔色を覗ってくるティムールに、バーブルはやれやれと首を振る。
「その戦略はおすすめできないな。この表を見てごらん」
「えーと、これは兵隊さんの数なのかな?」
膨大な数字の羅列を見て、ティムールは僅かに首をかしげた。
「そう、陸軍の兵力比較だ。青いラインがティムールで、赤いラインは敵国を表しているよ」
「ティムールの兵が7万7千で、敵は5万7千?」
「それだけじゃない。ここに出てこない小国の兵力も合わせると、ティムールと同じくらいの兵力にはなるよ」
「数が同じなら、プレイヤースキルで圧勝できるね♪」
きゃっきゃとはしゃぐティムールをなだめつつ、バーブルは説明を続ける。
「いやいや、なにぶん戦線が広いからね。プレイヤーの管理には限界があるし、何より危ない橋は渡るべきじゃない。君も兵法の基本は知ってるだろう?」
「戦いは数だよ兄貴!だね」
「その通りだよ。だからここは、兵数の多い2国と和平しよう。一度負けを認めておいて、後から時間差で叩くんだ」
「え~、ティムたん何もしないまま負けるの? 勝つ方法は無いの?」
「英語版Wikiには西部の山岳地帯で防衛しろって書いてあるけど、このやり方は厭戦も貯まるし、何より本国での反乱に対処しにくいんだ。君も安心して征服に臨みたいだろう?」
「うぅ~……分かった。がしんしょうたん、だねっ! じゃあ早速、敵さんを燃やし尽くしてくるねっ☆」
ガッツポーズをして気合いを入れるティムールを、バーブルはちょいちょいと引き留めた。
「そうそう、ジャライル朝にある中核州はちゃんと奪ってきてほしいんだ」
「もちろんそのつもりだけど、どうして?」
「今度の世界征服では過剰拡大を目安に使って、倍々ゲームで州を増やしていく予定なんだ。だからここで4州取り逃すと、400年後には――」
「かじょう……?」
「反乱発生の目安さ。これに従って拡大すれば、反乱に悩むことは少なくなる」
「えっと、倍々で増えていけば良いんだね。4かける4かける4かける……う~っ、わかんないよ!」
ティムールは暗算が思うようにいかず、頭から湯気を出している。
「4かける2の8乗で、ちょうど1024州だね」
「うわっ、すごい数!」
「というわけだから、絶対にここは取ってきてね。途中でジャライル朝と和平すると、取れなかった中核が消えちゃうんだ」
「は~いっ!」
「……本当に大丈夫かなあ?」
脳天気な返事と共に去ってゆくティムールを見て、不安の色を隠せないバーブルだった。
「どれどれ? うわ、すごい快進撃だね」
「でしょでしょ。よーし、このまま明まで遠征しちゃうぞ~」
「ティムたん、明の征服はちょっと待ってほしいかな」
激しく闘志を燃やすティムールに、バーブルはすぐさま待ったをかけた。
「どうして?」
「ティムール領の東に広がるのはアジアの異教国だ。僕たちには北インドを改宗するだけの宣教師もいないだろう? 今この地を取っても、世界征服の重荷にしかならないよ」
「じゃあどこを攻めればいいの?」
「同じスンニ派の中東諸国がおすすめだね。北の遊牧民でもいいけど、あそこは貧しいくせにだだっ広いから反乱の鎮圧が大変だ」
「う~ん……」
ティムールはしばらく考えていたようだが
「でもでも、偉大なるチンギス・ハーンの領土を回復するには、どうしても明征服が必要なんだよ!」
どうしても納得できないのか、歩行杖でバーブルをペチペチと叩いた。
「痛い痛い地味にいたい。そんなこと言ったって史実だと死亡フラグじゃないか。それに僕たちの目標は元の再興じゃなくて世界征服だ。少しくらい順番が変わってもかまわないだろう?」
「でもでもでも~」
駄々をこねるティムールを諭すように、バーブルは優しく声をかける。
「ほら、みんな大好きエジプトだ。小アジアも君を待っている。メッカとイェルサレムにティムールの旗を立てたくはないかい?」
「う~……わかったよ。じゃあ中東に行ってくるねっ☆」
ようやく納得したらしいティムールは、トテトテとどこかへ駆けていった。
「あのアホが始祖だってことが、そこはかとなく遺憾なんだけど」
独り取り残されたバーブルは叩かれた尻をさすりつつ、そうポツリと呟いた。
「バー君バー君、
「奇襲っていうか、思いっきり強襲だったけどね」
「エジプトもアナトリアもきれいになったよっ! ねえねえ、次はどこ攻める?」
満面の笑みを浮かべて聞くティムールに、バーブルはさっと目を逸らした。
「ごめんティムたん、ここで一旦征服は中断しよう」
「え~っ、なんで!?」
期待はずれの返答に、ティムールは頬をふくらませた。
「だってほら、過剰拡大が発効したよ」
「かじょうかくだい……なんだっけ?」
「征服しすぎて非中核州の割合が大きくなると、反乱が発生しやすくなるんだ」
「ええ~、また反乱なの!?」
「これを失効させるには、今まで得た州の中核化を待つしかない。というわけでティムたん、征服は少し待っていてくれるかな?」
「嫌だよ! 征服しなかったら私が私じゃなくなっちゃうよ!」
予想通りの反応に、バーブルはひとつため息をつく。
「それが君のアイデンティティなんだね。わかった、じゃあ反乱の鎮圧がしやすい所なら攻めてもいいよ」
「例えば?」
「そうだなあ……領土が細長かったりとか、後は州が密集してる所も狙い目だね」
「細長いっていうと~……アフリカだねっ、よ~し、炒ってくるぞ~☆」
「ティムたん激しく字が違う。いや、合ってるのかもしれないけど」
「バー君バー君、来た! 見た! 勝った!」
異様にハイテンションなティムールが姿を現したのは、それからすぐのことだった。
「今度はカエサルのまねごとかい? できれば欧州戦線までとっておきたかったんだけど。それはそれとして、アフリカ北部を制圧してきたんだね」
「うん! それでね、それでね、ティムたん次はオスマン攻めたい!」
「どうしたんだい、藪から棒に」
「アフリカを征服してる時にねっ、オスマンがいじわるをしてきたの」
オスマンと聞いて思い当たる節があったのか、バーブルはうんうんと頷いた。
「バルカンだけは死守しようと、彼らも必死なんだろう。小アジアの港を荒らして、ティムたんの海軍増強を少しでも遅らせたいはずだ。それはそうと、オスマン侵攻はおすすめできないなあ」
「またかじょ~かくだいってやつ?」
「過剰拡大の方は、北インドとアラビアが中核化したから問題ないけど……だって君、ボスポラス海峡を渡れるのかい?」
「こんなこともあろうかと、キャラックを10隻用意したんだよ!」
興奮気味に話すティムールに、バーブルはやれやれと首を振る。
「たった10隻じゃ、オスマンから制海権を取るには至らないよ。欧州侵攻したいならほら、カフカスから北回りに攻め上るといい」
「でもでも、今ならオスマンの海軍はゼロだよ? カスティーリャに全部沈められたもん」
ティムールは資料をテーブルに叩き付ける。バーブルはその報告を流し読むと、僅かにその目を見開いた。
「うわ、本当だ。この時期にバルカンを渡れるなんて、君は運が良いよ。わかった、存分に暴れてくるといい」
「は~い、いってきま~す☆」
ティムールはウィンク一つ残すと、風のように去っていった。
「熱っ……僕は猫舌なんだけどなあ……」
ゆったりとした椅子に腰掛けて、バーブルがのんびりとチャイをすすっていると、そこへ顔をくしゃくしゃにしたティムールが駆け込んできた。
「うえぇぇえ~ん、ばあぁくうぅぅん!」
これにはバーブルも驚いたようで、優雅な仕草で椅子から立ち上がると、鷹揚にティムールを出迎える。
「いったいどうしたんだい? 君が泣くなんて、よっぽどの事だと思うけど」
「それがね、それがね、勢いに乗ってボヘミアまで攻め込んだんだけど……うぐ……ひっく……」
ティムールはそれ以上言葉を継げず、えぐえぐと泣きじゃくっている。
これでは埒があかないと見たバーブルは、ティムールの持つ資料をひったくった。
「どれどれ? バルカン侵攻は順調に推移、勢いに任せてボヘミアまで……あ~、HREの悪魔に引っかかったんだね」
その単語を出した瞬間、ティムールから強烈な負のオーラが発せられた。
「あの古狸、私の弱みにつけ込んで、無茶苦茶な要求を……ううっ……」
「領土を返せ。さもなくば反乱を支援するぞって脅しだね」
「私の大切な
「それが彼らの戦い方だ。仕方がないよ」
バーブルは慰めるようにティムールの頭をなでさする。
だがティムールは不服だったのか、ギロリとバーブルを睨み付けた。
「ひどいよバー君。バー君もあいつらの肩を持つんだね?」
「君の圧倒的な武力の前では、HREも問題にならないじゃないか。対処法もちゃんとある。地道にHREを解体しても良いし……手っ取り早いのは、彼らが州を要求する以上の速度でHREを制圧することだ」
「でも、あれだけ頑張ったのに戦果は雀の涙だよ? 私もう心が折れそうだよ……」
ここでティムールに匙を投げられては、世界征服のスケジュールが大幅に狂ってしまう。
計画に絶対の自信を持つバーブルは、どうにかティムールを焚きつけようと試みた。
「君にしてはずいぶんと弱気だね。たかが回廊国家、踏みつぶせばいい。君は世界を目指すんだろう?」
「回廊国家っていっても、欧州への回廊でしょ? あんな片田舎、わざわざ征服しなくたって……」
「それは違うんじゃないかな。西欧諸国は大航海時代とか言って、世界中の沿岸を襲っているだろう? いわば西欧は世界への回廊だ」
「西欧を制すれば、世界を制するってこと?」
「その通り。そしてボヘミアはその回廊の、そのまた回廊に過ぎないじゃないか。征服するのに、何を躊躇う必要があるんだい?」
その言葉に何か感じる所があったのか、ティムールの目が光を取り戻す。
「征服……そうだね、バー君。私やる。二度と立ち上がれなくなるまで、ボヘミアを何度でも焼き尽くす。そんでもってあの陰険を這いつくばらせて、靴を舐めさせてやるんだから!」
「そ、その意気だよティムたん。内政は僕が見ておくから、思う存分に暴れてくるといいよ」
やり過ぎた、そう思ってももう遅い。バーブルは火の粉が自分に降りかからぬよう、ただ頷くことしかできなかった。
「それじゃあわた……ティムたんもう征くね! ボヘミア公、貴公の首は柱に吊されるのがお似合いだっ☆」
ティムールは
「
「バー君バー君」
ティムールがバーブルのもとへ戻ってきたのは、それからすぐ後の事だった。
「いったいどうしたんだい? 今度はやけに早いけど」
「君主がね……死んじゃった」
ティムールの差し出す報告書には、一つの訃報が記されていた。
「継承権争いだね。遊牧国家の宿命ともいえる」
「うう、また反乱潰しだよ~……華がない上に疲れるんだよね」
「こればっかりは仕方ないよ。征服した分だけ反乱が起きるんだ」
「征服した分だけ……ね。ときにバー君、征服を始めた頃なんて言ってたっけ? 特に征服のペースについて」
ティムールはコロリと話を変える。あまりの唐突さに、バーブルはその意図を見抜けず聞き返した。
「過剰拡大ぎりぎりで、州の数を倍々に増やしていくって話かい?」
「常識的に考えてさ、州の数を倍々で増やしていったら、反乱の数も倍々で増えてくよね」
「その通りだね。君に常識を語られるのは甚だ遺憾だけど」
まずい話の流れに向かっている。そう感じたバーブルは、煙に巻くべくじっと反撃の時を待つ。
「しかも過剰拡大の発効を目安にするってことは、常に過剰拡大が発生しっぱなしだよね」
「そういうことになるね」
「バー君の嘘つきっ! 反乱に困らなくなるって言ったじゃん!」
「拡大速度を調整したおかげで、軍備と反乱のバランスは守られた。君も継承戦争を楽に戦えたじゃないか」
「でも、でも……ううぅ~……」
悩み続けるティムールに、畳みかけるようにバーブルは迫った。
「さあ、反乱を一掃するんだ。そして思う存分西欧を切り取るといい。それが君の運命だ」
「一掃……そうだよね、一つ一つ丁寧に潰そうとするから大変なんだよ。よ~し、最強の宝具を出しちゃうぞ~!」
ティムールの頭の中で変な回路が繋がったらしい。ポケットから巨大な箱を取り出すと、ティムールは一息にその封を切った。
「ちょっと待ってティムたん。なんか嫌な予感しかしな――」
「必殺、禁断の棺! これを開けた時、最も大きな災いが巻き起こる!」
「それは独ソ戦フラグじゃないか!」
パパパパパウワー! ドドン!
「……ボヘミアが宣戦してきたね」
「……そうみたいだね」
「どうしよう?」
「とりあえず、HREを解体しておこうか」
「そうだね」
白けきった二人の作戦会議は、ボヘミアを滅ぼすまで続いたという。
「ところでティムたん。いったい僕たちは、いつまでこのアイコンでいればいいんだい? ウィキペディアから取ってきたのが丸わかりじゃないか」
「いつまでだろうね。著者が某所のキャラクターなんとか機で作ろうとしたらしいけど、衣装の違和感に挫折したんだって」
「え……それじゃあ僕たち、ずっとこのままじゃないか。キャラ付けといい扱いといい、こんなのあんまりだよ」
「う~ん、まだ望みはあるんじゃないかな。著者の気が変わるかもしれないし、この外典を不快に思った誰かが絵を描いてくれるかもしれないよ?」
「愛あんみたいに?」
「愛あんみたいに!」
終われ