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国名 | 収入 | > | 技術レベル | 陸軍 | |||||||
統治 | 交易 | 生産 | 陸軍 | 海軍 | 歩兵 | 騎兵 | 砲兵 | 人的資源 | 合計 | ||
満州 | 257.3 | 5 | 4 | 4 | 4 | 4 | 8000 | 4000 | 0 | 12852 | 12000 |
オイラト | 58.6 | 3 | 3 | 4 | 4 | 3 | 9854 | 2358 | 0 | 4444 | 12212 |
カザフスタン | 74.7 | 3 | 3 | 4 | 4 | 3 | 7733 | 3000 | 0 | 13916 | 10733 |
明 | 870.6 | 4 | 4 | 5 | 6 | 5 | 26860 | 50840 | 0 | 88774 | 77700 |
朝鮮 | 221.9 | 5 | 5 | 5 | 5 | 5 | 6000 | 3000 | 0 | 10810 | 9000 |
皇帝:「上の表をよく見たら、オイラトの兵力が多いのう。喧嘩を買ったのは無謀じゃったか?」 臣下:「我が皇帝、無謀なのはオイラトのほうですぞ。」 皇帝:「なぜじゃ。」 臣下:「我が国以外に明とチベットにも喧嘩を売ったあげく、カザフスタンからも宣戦布告されておりまする。」 皇帝:「これは領土を拡大する好機じゃ。」
満州は侵略に明け暮れ誰もいなくなったオイラト領に悠々と兵を進め、サイン・ノヤン、ジャザグ、タンヌトゥヴァを次々と占領した。 そして、1452年、敗残兵として戻ってきたオイラト兵をぼこぼこに叩き潰してアルタイ方面に追い出し、実質的な戦争は終結した。
皇帝:「遊牧民から宣戦された場合BBRも上がらずよいのう。」 臣下:「おっしゃるとおりで。」 皇帝:「カザフスタンに攻め続けられたときはどうしようかと思ったが、内部崩壊も早いなら、まずは西に向かうのが、国力増強の近道のようじゃのう。」
1458年、カザフスタン領内のオイラト独立派が蜂起、実質的に地域を支配すると1460年にオイラトへの編入を申し入れた。 しかし、それは他国の草刈り場になったに過ぎず、同年、満州はホブド、クルグタグをも制圧した。
1478年、旧オイラト領ホブドおよびタンヌ・トゥヴァは同時に満州へ編入された。 これは、きたるべきカザフスタン戦に備え、同時に編入されるよう入植を調整した皇帝の叡智によるものであった。 そして、予想通り、カザフスタン軍に不穏な動きが見られるようになった。
皇帝は臣下に地図を広げさせた。
皇帝:「なんじゃ、白い箇所が多いではないか。」 臣下:「探りを入れましたがなにせ広すぎ全容は不明なのです。」 皇帝:「もしや大変な大国を相手にしようとしているのではなかろうの。兵力差はどうなっておるのじゃ。」
【カザフスタンとの軍事比較】
国名 | 歩兵 | 騎兵 | 砲兵 | 人的資源 | 合計 |
満州 | 9000 | 4000 | 0 | 21362 | 13000 |
カザフスタン | 14000 | 2000 | 0 | 18524 | 16000 |
皇帝:「む、なんとかなりそうな規模じゃな。」
1479年、満州軍は自国領ホブドでカザフスタン軍を待ち受け、これを打ち破った。 アルタイ、タンヌ・トゥヴァと追撃し、1481年、ついに敵の主力を全滅させた。 しかし、カザフスタンは人的資源が豊富であり、すぐに国内で合計13000人もの部隊を復活させた。
皇帝:「これでは消耗戦ではないか。」 臣下:「アルタイ、ウルムチを領土に編入した時点でいったん講和するのがよろしいかと。」 皇帝:「チャガタイも出てくるしな。」
この時代、遊牧民族の兵科のほうが優秀であるため深入りするのはさけ、アルタイ~タンヌ・トゥヴァに出現するカザフスタン軍をもぐら叩きのように叩いたり、叩かれたりで戦いは泥沼の様相を呈した。 途中、あわや全滅の危機にも見舞われたがアルタイ、ウルムチの占領はなんとか続けた。
そのせいで、厭戦感情は15%台まで上昇、国内でも暴動が頻発したが1490年ウルムチを領土化したのをきっかけにカザフスタンに敗北を認めさせ、戦争は終結した。
皇帝:「むむむ、困ったぞい。」 臣下:「どうされました。」 皇帝:「アルタイとウルムチを同時に領土化した時点でカザフスタンと講和を結び、チャガタイと対峙する予定だったのじゃが。」 臣下:「途中で入植者が襲撃を受け、ウルムチにたどり着けなかったのですね。」 皇帝:「アルタイだけが領土となり、チャガタイが攻めてきてしまった。」 臣下:「幸いなことに明とも交戦中のようですので、ウルムチを領土にするまでチャガタイは放っておきましょう。」
1490年、ウルムチが領土となったためカザフスタンと和睦。 一気にチャガタイを・・・と思ったのであるが、奴らは強かった。 なかなか全滅に追い込めない。
おまけに、長年のカザフスタン戦で国民はすっかり疲弊しきっていた。 あちこちで反乱が頻発、鎮圧のために外国と戦争している場合ではない。 そうこうしているうちに、1495年になり、カザフスタンとの休戦期限が切れた。
皇帝:「別に負けてはいないが、チャガタイに負けを認めカザフスタン戦に注力する。」
こうして、1495年、我が国は負けを認め、チャガタイ・ハン国の皆さまにはお引き取り頂いた。
1498年、満州はカザフスタンとの先の見えない小競り合いを続けていた。 そのようななか驚くべき情報がもたらされた。
臣下:「我が皇帝、チャガタイからオイラトがまた独立いたしましたぞ。」 皇帝:「なんじゃと。」
臣下:「最近、我が領内で独立運動を繰り広げていたオイラトの民がおりましたが、彼らをチャガタイに追い出したら向こうで独立したようで。」 皇帝:「また我らの草刈り場となるのか。カザフスタンには負けを認めてさっさと講和し、オイラトを取りに行くのじゃ。」
むろん、カザフスタンに異論のあるわけもなくあっさり講和は成立。
1499年までには全ての地域を占領した。 これから入植者を送ってゆっくりと領土にしていく予定である。
1471年、モンゴル文化が我が国の文化に。 1498年、アジア攻兵に変更。
上記以外に特筆すべき事項はなかった。
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