コジモ3世の肖像
1600年にトスカナ公爵となったのはコジモ3世だった。 彼はトスカナの僭主から「大公」となったポンテッリ家最初の人物だった。
1611年、コジモ3世は念願だった統治技術27に到達した。 赤線でマークしてあるところから分かるように、統治技術27で国体「絶対君主制」が採用できる。 絶対君主制は他の政体と比較して、スライダー移動に必要な期間が短く、行政官と軍の規律にボーナスがある。 さらにスライダーの中央集権の制限がなくなり、もっと良いことに、開戦理由として「帝国主義」が選択できる。 最後の開戦理由「帝国主義」が、16世紀からポンテッリ家ががむしゃらに統治技術27を目指した理由である。 この開戦理由があれば、ポンテッリ家は安定度および正統性の低下なく他国と戦争を行うことができる。 また、この開戦理由によって戦争した場合、神聖ローマ帝国は介入することができない。 つまり、イタリア諸国に自由に宣戦布告できるようになるのである。
コジモ3世は「絶対君主制」を採用する。